京都の護国神社内の霊山墓所の中腹に中岡慎太郎は眠っている。
わたしはまだ若い頃此処を尋ねたことがあるが、そこで気付いたことがあるのよ。
あれ?お隣の竜馬さんと全く同じじゃね?
そうなんです。あの有名な竜馬さんと、墓碑が大きさもデザインも全く同じなのよ。
ということは、慎太郎さんも相当な人物だったんじゃね?って。
まぁ、お二人の墓碑が同じなのは
「二人は並び立つ功労者である」ことを、明治政府も認めてた証でもあるのですね。
そしてなぜこのような扱いになったのか?と推察すると
理由はやはり、近江屋事件ですね。
明治維新の功労者のお二人は、同じ志を持ち、大きな成果を為して
同じ場所で襲撃され、 ほぼ同時に命を落としたからなんですね。
あの当時としてもジツに衝撃的でショッキングな事件でしたよね。
もっとも厳密には、竜馬さんはほぼ即死、
そして慎太郎さんは、14箇所もの刀傷を負いながら、少し持ち直したが
結局は出血多量で二日後に息を引き取ったそうです。
この衝撃的な「最期の共有」が、二人を切り離せない存在にしたのは明らかですよね。
このお二人が薩長同盟を完成させ、その結果、維新が成立したことを思えば
お二人は幕末の志士としてまさに双璧だったと言うことでしょう。
またこのお二人の亡くなった年齢が、30歳と32歳ですから、なんという若さで大事を為したのでしょう。
慎太郎さんの方が二歳お若い。
翻って、今の政治家は賞味期限切が多く残念ですねえ。
無駄飯を食わさないためにも、政治家にも定年制を導入してほしいものです。
話がそれましたが慎太郎さんの事です。
しかしそれにもかかわらず、一般的には竜馬さんの知名度の方が圧倒的に大きいのは確かです。
それはなぜか?
やはり司馬遼太郎さんの「竜馬がゆく」の影響が大きいのでしょうねえ。
司馬さんは「項羽と劉邦」を書いたんだから、そういう意味では片手落ちしたんですね。
「竜馬と慎太郎がゆく」とか「竜馬と慎太郎」
あるいは竜馬の次に「慎太郎がゆく」を書いてほしかったなあ。
わたしがあの世にいったら、是非聞いてみたいものです。
「何故、慎太郎さんを書かなかったのか?」と。
それはそうと、だれか書いてくれませんかねえ。わたしは百田尚樹センセに要請したいと思います。
センセ、あなたは政治なんてモノには絶対的に向いてない人です。
「徹底的にズルくあざとく」の有本なんかとつるんでないで、即、袂を分かち、
与太政治なんかすっぱりやめて真人間になってください。
あなたはモノを書かせたら天下一品なんですから!
センセは、神様からいただいた類まれなその才能を生かすべきです。
是非「慎太郎がゆく」を書いてくださいな。
わたしの要望としては、慎太郎のイメージは、半沢直樹風に書いていただければ、ヒット間違いなしと存じます。
今日の一句

鴬や一声にしてバス止まる