わたしは、わたしは、お墓になんか行きません。

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もうじきお盆がやってきますね。

先夜、田舎の母から「お盆には帰ってくるかい?…」とお決まりのTEL。

若い頃は、13時間も掛かった渋滞はまり込みも何のその。

毎年のお盆の里帰りは定番だったのでございます。

そのころのわたしは、相模原は上溝に住していまして田舎は蓼科。

酷道16号の外回り、やっとこさ、中央高速の八王子インターにたどり着いたのでした。

※そのころの国道16号や20号はバイパスもなくいつも渋滞でホントに酷道でした!

(ふ~~、これでようやく快適に走れる♪…)

と思ったのもつかの間、料金所を過ぎて本線に入ったとたんの大渋滞!

その渋滞が、終点の勝沼まで続いたのだった。

実はその頃の中央高速は、勝沼から先はまだ未通でして、否応なく酷道20号へ降ろされる。

案の定また、大渋滞の酷道のチョロチョロ走行。

そのころの車は、大変な与太車でして、ちっとも冷えないクーラー。

そういやエアコンなんてハイカラな呼び名じゃ無かったよね。

クーラーと言ってた記憶がある。走ってないとちっとも冷えないから、のぼせてク~ラクラになる。

その生暖かい風にたまりかね、仕舞には窓全開にせなどうにもならない酷暑。

そう言えば、所々、酷道の端っこに、オーバーヒートの与太車が、ボンネットを開けてエンコしていたものです。

そういう訳でして、僅か200Kmの道中を、13時間もかかった次第。

やっとこさ実家に着いた時には、車の燃料が切れかかって、警告ランプが赤々と光ってた。

それでも途中寄った勝沼の桃を土産に、故郷のお盆の何日かを過ごした若き日。

大渋滞も酷道も、与太車も、冷えないクーラーも、今となっては懐かしい思い出ですね。

それからウン十年が過ぎ、当然ながら新妻は、ヒネた女房殿に変わり果て、私は天邪鬼爺になってもうた。

で、母への返事。

「お盆はどこもかしこも駄々込みだで、盆が明けて、道路が空いたら帰るでよ~」

よって、若い頃は定番だった、お盆の墓参りもこの頃はしたことがありません。

それでも罰当たりだとはちっとも思わなくなりました。

だって、よくよく考えたら、先立ったおババさまも親父殿も、もうすでにお墓になんていませんよ。

否、居てほしくはございませんのよ。

あの不気味な、薄暗く気味の悪いお墓になんか、私の家族は一時たりとも居てほしくないという願望が私にはあります。

だってね、地獄霊がうようよいるんですよ墓地には、そんなところに、先立った家族がいてほしくはないのですよ。

まっこと、私たちの魂は、もっと自由で、千の風の如くが正解だと思っているのです。

お墓になんか押し込めてしまう事こそ、わたしたちの罪ではありませんか?

子供のころ、鬱蒼とした墓地で友達と遊んでいて、大昔土葬したであろう頭蓋骨が剝き出ていたりして、そいつを踏んでもうて、足にハマり込んでしまった不気味な感触がいまだに忘れられないせいかもしれません。

あのような墓地に参るのは、「親不孝!罰当たり!」と罵られようが何と言われようがまっぴらゴメンなのです。

そんなこと云ったって「おまえだってそのうち墓場へゆく」ってか?

わずか三合の灰になって墓石の下に葬られるってか?

うんにゃ、ワタシは墓地には行きません。

お迎えがボチボチでも、墓地にだけは行きたくありません。

だからといって、罰当たりな人生を過ごして来た私は、千の風にもなれそうもありません。

だからワタシは、何が何でも散骨してもらって、青い青い海の底の…貝になります。

バカ貝かホラ貝です。

……

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