先日死刑が執行されたというニュースが流れたが
滞る刑の執行と、裁判員制度が始まってからも死刑囚は年々増え続け、
現時点で132人と戦後最多の水準であるそうな。
時代劇などを見ると、
お奉行が「裁きを言い渡す」で、市中引き回しの上、すぐ磔、獄門と決まっているのだが
現代はなぜ滞っているのだろう?
死刑制度が存在する法治国家としての最大の矛盾である。
先日執行した法務大臣は「職務」と云ったが、ならば3名のみというのが解せない。
職務なら全員だ。
さらに不思議は135もいる中から、今回執行された3名はどのように選ばれたのだろう?
確定順でもないようだし、年齢の順でもない。
法相の勝手気ままな基準か?まさかアミダではあるまいな?
凶悪事件の裁判を見ると「何が何でも極刑を」との被害者側のコメントがお決まりだが、
最近はこれに引っ張られて裁判員も苦渋の結論、判決は昔よりもきつくなったような気がする。
きつくなったが、確定しても執行されなければそのうち拘置所は一杯になる。
さて、執行されない理由を考えてみると
死刑囚がどんな悪党でも、
事件に関わりがない第三者が命を奪うということには躊躇するのであろう。
最も、それこそが人間の人間たる証であるのだが・・・
でも世間は責める。執行できなければ法務大臣不適格、怠慢であると
もう一つ大きな理由は、
今までの死刑囚の「冤罪事件」かなりが影響しているように思う。
はっきり言って、疑わしきを罰してしまった例が過去にあったからだ。
結局は人は人を裁けないのだ
100%完璧な人間は存在しないのである。
いまや、世界的に死刑制度は後退し廃絶に向かいつつある。
日本では真剣に死刑存廃の議論もなされていないようだが、
このような宙ぶらりんの状態で、
死刑を法相の手に委ねてホウカムリでは、誰がなっても時の法務大臣に酷であろう。
死刑執行ができないのなら、
終身刑として、これから数十年続くフクシマ原発事故処理につかせたほうが
国のためになるような気もするが、
まあ、もしかしたら、そちらのほうが死刑よりもきついかもしれないな。
もちろん現場監督は、国民の安全と生活を脅かしている
東電の重役と原子力安全委員の担当だ。