チーム未来の躍進と左派設計主義への危険度②

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「だいぶ遅れている」「苦しい言い訳」と呆れる声続出。安野貴博氏、国会でのPC持ち込みが禁止の理由に「さすがにそれ違うだろ」と言及

安野貴博、国会のPC持ち込み禁止理由に言及

チームみらいの安野貴博代表が2月9日、日本テレビ系「DayDay.」に生出演し、国会のデジタル化の遅れについて苦言を呈しました。

衆院選での躍進を受け、今後の国会での役割について問われた安野氏は、ITやAIなどの専門性を活かして議論に貢献したいと抱負を語りました。

その中で、国会のDX化(デジタルトランスフォーメーション)について言及。

国会内がいまだにアナログであることを指摘し、会議場へのパソコン持ち込みが「品位がない」という理由で禁止されている現状を暴露しました。

これに対し安野氏は「さすがにそれ違うだろ」とツッコミを入れ、効率化や理解促進のためにデジタル機器を活用すべきだと主張しました。

品位」を理由にした時代錯誤なルールに対し、ネット上では国会の現状に対する呆れや、変化を拒む体質への批判が相次いでいます。(以下略)

チーム未来の躍進と左派設計主義への危険度 2

この記事にあるように確かに日本の国会は遅れている。
先進国では国会議場へのPC持ち込みを許可している議会が多数存在するからだ。

衆院事務局の2019年調査では、OECD加盟35カ国53議会の回答30カ国44議会すべてが、
ノートPCやタブレット端末の議会内使用を許可していた。

具体例

  • 米国: 連邦議会および全州議会でPCを議場に設置・使用している。
  • ドイツ: 連邦議会でiPad使用を許可、メルケル元首相も活用していた。
  • 英国: スコットランド議会でPC設置・使用している。

これに対し日本国会では「品位」を理由に、PC・タブレット持ち込みが制限されている。

その理由が、PCやタブレットを開いている姿が「仕事をしていないように見える」
「カフェや自習室のように見えて国会らしくない」といった観点からだというから恐れ入る。

???、誰だそんな時代遅れなことを言ってるのは?
一遍そういう爺様議員(おそらくは)の頭の中を覗いてみたいものだ。

普通に考えて、日本の国会でもPC使用許可は時代の趨勢に沿ったものだ。
多くの先進国がそうしているように、専用オフライン端末の導入で実現可能だ。
つべこべ言わずにすぐに導入したら良い。嫌なものは持ち込まなければよいだけの話である。

しかしである。

何でもかんでもPCに頼ることは考え物ではある。
とかく先進的ICエリートはそこに嵌っている。それ以外には考えられなくなる。

プーチンは政権をとった時、まっさきに行ったのは、各知事に対して哲学書を贈り勉強せよと叱咤したと言う。

つまり政治を司る者には哲学が無ければならないのだと言う。

哲学とは宗教でも良いし道徳でも良い。
それは秩序を産み、社会を人間らしくする。
それを知っているプーチンはただ者ではない。

けど、PCのどこを探しても神はいないのです。

何でもかんでも合理的にスパッと決める。瞬時にである。
合理的に考えれば考えるほど、実は排除されるものが増えていくのです。
このことは、データー集積やその出し入れ、機械制御や事務処理などでは非常に便利で、ものすごく役立つものです。

しかし実際の人間社会にはなじめない。

だって、社会、国家には、様々な人種や宗教のなかで仕事やその他の生活があり、
大家族や小家族、独身者、高齢者や若年者、社会と学生、男や女、健康な人、病気の人、
頭が良い人、すこし緩い人、それはそれは種々雑多で、それらの集合体が国家というものです。

政治家たるもの、それらを誰一人として排除しない覚悟をすべきです。
国家を運営すると言うことは、PCが導き出す答え、合理的な方法だけではおそらくは破綻します。

神は異質を愛するのです。神の元では、それぞれが個性ある掛け替えのない魂として平等であると言うことです。

ところが安野氏の目指す社会にはそれが感じられない。
わたしが見るところ、合理的なテクノクラートたちの目にはおそらく、神が存在していません。

今回の国会内でのPC活用を唱える安野氏に、一抹の不安を覚えるのはそういうことです。

 

今日の一句

国会の定数定まりて雪間の棘

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