野球殿堂入り”イチローでも満票ならず”と波紋が広がっている。
SNSでは
「メジャーで取れないなら分かるけど、日本で満票じゃないのは嫉妬としか思えないわ」
「引退した選手でイチロー以上の実績の選手いたか?」
「イチローが満票じゃない時点で日本の殿堂の価値って」
「イチローが満票じゃなかったら誰が満票になるねん」などと。
まっ、確かに、氏の”走攻守”揃った活躍には目を見張るものがあり、こと実績に関しては、誰もが認めることだと思う。
しかし、それでも今回の殿堂入り投票、満票に26票足りなかった。
殿堂入りは、取材経験が豊富な野球担当記者の投票で選出されるわけだけど、まぁ、選ぶ人も人間だから、こういう時にこそ人柄と言うか、印象が影響するんだろね?
わたしはイチロー氏に会ったこともないから、氏の人柄などは皆目わからんが、ただ、昔のことだが、ややとっつきにくい人だな…とはテレビ画面からちょっと感じたことがある。
好き嫌いは、顔や、声やしゃべり方、体格、ちょっとした仕草などもいろいろ影響してくる。
一票を投じなかった記者も、氏との関わりあいのなかで、そんなことを感じたことがあったかもしれないな。
”国民栄誉賞を2度も断った”ことに対してだって、慎み深いとかお褒めの言葉もあるけど、素直じゃないとか気取ってるとかもあるんじゃないの?
わたし的に言えば、あんなものは、貰える時には貰っちゃいなよ、と言う感じだよ。
素直さも人柄の内だからねぇ。
が、満票に26票足りないと言ったって、イチロー氏の記録や野球界における功績が1ミリも色褪せることはない。
……
それと、余談になるけど、満票じゃないことに、かえって、日本社会の健全さを感じるよ。
右向け右で一斉に右を向くのは、チャイナや北鮮、あるいは軍隊だよ。
10人十色、それがあってこそが、健全な社会と言うことじゃないのかなぁ?