近頃、日本の自動車メーカーの不正問題が花盛りですね。
少し前はダイハツがやり玉にあがり、ほとんどの車種が出荷停止。
しかしまもなく解除されて、今は通常に戻っているようですが、いったいどこがいけなかったのでしょうか?
直ぐに生産認可が下りたと言うことは、そう大した問題ではなかったことが伺われる。
そしてここへ来て、三河ベンツで有名なトヨタまでがやり玉にあがり、いったい日本の許認可システムはどうなってるんでしょうねぇ?
こんなに不正続きじゃ、もう日本車には安心して乗れないじゃないか!?と誰だって不安に思うじゃない?
国交省の発表では、型式指定の認証不正でいずれも法令違反だという。
調べてみると、たしかに、日本の検査基準に合っていないので法令違反にはなる。
しかしその中身を見ると、世界の認証基準と日本の認証基準の間にものすごい乖離があることがわかる。
どうしてそうなるのかと言うと、車作りは、各国の風土、文化、顧客の要望が深くかかわっていからなそうな。
分かりやすく言えば、日本の最高速度制限はドイツなどと比べかなり低い設定なのだ。
素人でも違いがよくわかるのは、スピードメーターですね。
日本では、180kmまでしか刻んでない。それは日本の高速道路では高速道によって違いはあるが、最高の120kmまでしか出してはいけないことになってる。
ゆえに、スピードは180kmでリミッターが作動する仕組みだし、翻って、ドイツのアウトバーンでは速度無制限である。
だからドイツの自動車産業のブランド力は、とっても大きな意味があるのですね。
三河ベンツとメルセデスでは大きく違いがあるのです。
最高スピードが120km出れば良い車と、無制限まで安全に走れる車とでは作りがまるで違うのは当たり前です。
社会環境や法律規定などの違いは当然、車の開発、製造、精度、耐久性に大きく反映している。
しかしですよ。日本生産の車の一部の車種は世界戦略の商品でもあるのですね。外国へ輸出もしなければならない。
言うまでもなく、日本の低い基準では欧米では通用しない。売ることができないのです。
だからそのような世界戦略の車は、日本の低い基準と厳しい世界基準の提出データーが必要となるわけです。
国交省はそのような無駄なことを各メーカーに押し付けているのです。
本当は日本が、厳しい世界基準に統一すればよいのですが、なぜかそうなってはいない。
日本でしか販売されていない軽自動車などは例外の基準を設ければ良いだけの話です。
ともあれメーカー側は、時間がないなどの理由で、日本基準のデーターを取り損なって、代わりに厳しい世界基準のデータを使えば法令違反となってしまうのです。
こんなことを聞くと、日本の国交省と言う輩は、まるで水戸黄門に出て来る悪代官のようではありませんか!
それが近頃騒がれている、自動車メーカーの不正の真相と言うことになります。
素人考えでは、より厳しい基準のデーターならば、なんの問題もなしと考えるのですが、国交省では違うようです。
たとえ世界基準の厳しい基準をクリヤーしたデーターであったとしても不正と言うことになり、ひっくり返って怒られると言う始末になる。
とにかく国交省の基準に合った方法で検出されたデーターでなければ違法との一点張りが、国交省の頑固な言い分なのです。
メーカーも日本の法に則って算出したデーターでないことは確かなので、ひたすら謝る、と言う官尊民卑の図式が出来上がっているのでしょうねぇ。
もしここで「恐れながら…」などと、一言でも異を唱えれば、認可の順番を最後に差し替える嫌がらせもあるのだとか!
ここでは官は民のしもべと言う当たり前の発想はない。民はひたすら耐え忍ばねばならないのですね。
彼らは民の税金で食ってるにもかかわらずにである。官僚たちは学生時代勉強のし過ぎで、頭が狂っているのですね。
だから国交省は、いまや癌ともいえる存在ではないでしょうか。
だって国交省の言うことを聞き、時代遅れの基準で作られた車は、最新の世界基準からみると、取り残されたガラケーのような存在になってしまうのです。
しかしである。現在の国交省のように、民をイジめる時代遅れの発想で事を進めていけば、そのうち自動車メーカーのほとんどが本社機能を含めて海外へ出てゆくでしょう。
少なくとも、もしわたしが社長だったらそうする。そうするしか生き残れないからです。
だから認可基準のできるだけのものは世界基準に合わせ、時代に合ったものに臨機応変に変えて柔軟に対応してゆかなければ、早晩、日本のすべての物づくりがいなくなる。
もの作り日本で、ものを作る人がいなくなれば、失われた30年どころの騒ぎではない。
日本はやがて世界の極貧国になり下がる。