この間TVを見ていたら
河川敷におちたイノシシの子数匹に
地域住民がよってたかって救助しようと大騒ぎしていたが
敵もさるもの易々とは捕まりません。
(去るものなら追わなきゃいいものを)なんて思いながら見てると
ついに行き先は役所「何とかしろ、可哀想だに」だと。
役所は当然困惑顔で「自然に任せてほしい」とぽつり。
つまり、そこで「死んでもかまわない」と、それはそうでしょ。
役所では、毎年イノシシの被害に、嫌と云うほど手を焼いてきたんですから
ところが、住民ときたら
縞模様の「うり坊」と云われるかわいさに、ペット気分丸出し。
彼等が山に帰れば、やがて恩が仇になるは必定なのだが
そんな先のことはお構いなし、「うり坊が可哀想、やまにかえせ!」と
やってはならぬえさやり。
今日もパンやらメロンやらをあげて愛情を注ぐ。
こういう感情は,犬や猫にはじまり、ワニ亀、大蛇、諸々
小さいときのかわいさも、大きくなって始末に困り、捨てるのに似ている。
命のかけがえのなさは、もちろん重々承知しているのだが
そのとき限りの同情は、なんだか勝手すぎるような気がしますよね。