中央分水嶺が走る、日本一くびれた町の今昔物語

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わたしの故郷には女神湖と白樺湖という二つの湖がある。

が、白樺湖はやや複雑でお隣の茅野市と分有している。

今日はこのふたつの湖のお水の話。

実は、白樺湖と女神湖は目と鼻の先にあるが、その間には日本列島を太平洋側と日本海側に分ける「中央分水嶺(霧ヶ峰・大門峠・蓼科山の結ぶライン)」が走っているので、

そのため、二つの湖の水は全く異なる方向へ流れ、最終的には太平洋と日本海へ注ぎ込んでいるんだよね。

それぞれの水が流れる詳細なルートは以下の通り。

1. 白樺湖の水は「天竜川」から太平洋にそそいでいる。

白樺湖(標高1,416m)は、もともと下流の茅野市側の冷害を防ぐために音無川を堰き止めて作られた農業用ため池なのね。

湖から流れ出る水は 「音無川」を伝って大門街道(ルート152)に沿って山を下る。

音無と言ったって、車を止め窓を開けると、急流を流れるせせらぎが聞こえるんよ。

そして「音無川」は途中で「渋川」と合流し、さらに「上川」となって諏訪湖へと流れ込んでいる。

諏訪湖の唯一の「釜口水門(岡谷市)」から流れ出た水が「天竜川」となって伊那谷を南下し、静岡県を経て太平洋へと注いでいるのよ。

2. 女神湖の水は「信濃川」となってに日本海にそそいでいる。

女神湖(標高1,540m)も白樺湖と同様、立科、浅科(現在の佐久市周辺)の新田を潤すために建設された農業用ため池なのね。昔はたしか赤沼とか言ったなあ。

女神湖の北側(立科町八ヶ野)から流れ出た水は、まず「芦田川」の源流と一つになる。

白樺高原から旧中山道の宿場町である立科町の中央部に向かって北へと流れ下り「鹿曲川」に注ぎ、さらに東御市の島川原付近で「千曲川」に注ぎ、そして上杉と武田の合戦があった川中島で「犀川」と合流し「信濃川」と名を変えて日本海へと注いでいる。

どうでしょう。あの辺りに降った雨が日本列島を東西に分けて流れている、なんて面白いでしょう?

だからあの辺りには雨境(あまざかい)という地名が残っている。

そしてもう一つ、立科町は、地図で見ると、まるで砂時計かひょうたんのように、真ん中が今にもちぎれそうなほど細くなっている非常にユニークな形をしているんよ。

ちなみに、一番広いところは東西に約 9.9 キロメートルあって、一番狭いところは約 53 メートルしかないんだよ。

本当は平成の大合併で隣町と一緒になれば解消したんだけど「ワシらは自立の道を行くっ!」て合併しなかった。

頑固なんだよね。そして今になってあん時「合併しとけばよかった…」なんて泣き言を言う議員もいるから困ったもんだ。

同じ北佐久郡の合併拒否でも、軽井沢とはえらい違いなんだよね。軽井沢は長野県一のお金持ちだから薄まるのが嫌だから合併しなかった。

わたしが生まれたこの町も過疎化が進み、わたしがいた頃一学年6クラスあった中学校は今では1クラスしか無いんだと。

それも30名台だからかなりお寒い状況だよ。

そうそう、わたしの実家の集落5区は、むさい男の独り者ばかりで、後20~30年で消滅するらしい。嫁の来てが無かったんだろね。

郷の友人には悪いけど、これって限界集落と言っていいじゃね?

 

今日の一句

これがまあ限界集落蝉の声

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