「天皇陛下より拍手が大きかった」日本維新の会の元参院議員 昭和100年記念式典の“高市首相アゲ”投稿に「失礼すぎます」と疑問続出…本人は「アイロニー」と反論。
5/2(土) 6:00配信 女性自身
「昭和の日」の4月29日、東京・日本武道館で開かれた政府主催の「昭和100年記念式典」。天皇皇后両陛下が出席されたほか、高市早苗首相(65)や衆参両院の国会議員、各界代表など約5600人が参加した。
「式典委員長を務めた高市首相が式辞を読み上げたほか、海上自衛隊東京音楽隊による『上を向いて歩こう』「なごり雪』など昭和歌謡史に残る名曲の演奏、歌唱もありました。天皇皇后両陛下は落ち着いたご様子で鑑賞され、すべての演奏が終了した後に笑顔で拍手を送られていました。いっぽう式典では天皇陛下のおことばはなく、宮内庁によれば“政府の考え方に基づいた”とのことです」(全国紙社会部記者)以下略
「昭和100年記念式典」で罠にはまった高市首相
「昭和100年」という節目を控えた昭和の日の奉祝式典、高市首相の振る舞いがSNSを中心に大きな波紋を呼んでいますよね。
一部の右派は、高市首相のノリノリを、天皇陛下の前で不敬じゃないか!とひっくり返って怒っている。
腕を振る高市首相を度アップして、もう総理を止めろ!とか。
わたしはちょいと見でよくわかりませんが、確かにこのシーンだけ見ると式典にしてはに場違いなものを感じてしまう。
なんつったって、「昭和100年記念式典」という場であり、天皇皇后両陛下が横におられるわけですから。
当然高市首相の振る舞いについてSNSを中心にいろいろなコメントが氾濫しているが、GoodとBad に分類していくつかご紹介します。
Goodコメント
- 「昭和への愛を感じる」 自身も昭和生まれとして、当時のヒット曲に自然と体が動くのは、昭和という時代を肯定している証拠。
- 「人間味があって良い」 硬苦しい政治家が多い中、音楽を楽しむ姿はチャーミングで、今の時代に合っている。
- 「リズム感がいい」 実際にドラム経験もある高市氏だけに、音楽隊の演奏へのリスペクトが感じられる。
- 「暗い時代を払拭する明るさ」 首相が楽しそうにしていることで、未来への希望を感じさせる演出になった。
- 「選曲が絶妙」『Get Wild』など、昭和後期の躍動感ある曲を選ぶセンスは今の現役世代にも刺さる。
- 「自然体こそ保守」 借りてきた言葉ではなく、心からその場を祝っている様子が伝わってきた。
- 「女性リーダーの新しい形」 陛下を前にしても臆さず、自分の感情を素直に出せる強さがある。
- 「自衛隊音楽隊への最高の賛辞」 演奏者が一番嬉しいのは、聴き手がノッてくれること。音楽隊も報われたはず。
- 「祝祭なのだから楽しくて当然」 追悼式ではなく「奉祝」の場。どんよりした顔をしているよりずっといい。
- 「高市さんらしい」 既存の枠に囚われない、彼女ならではのリーダーシップの現れ。
Badコメント
- 「陛下の前での不敬」天皇陛下が静止されている横で、首相がリズムを刻むのは立ち居振る舞いとして軽率すぎる。
- 「TPOの欠如」 国家的な式典はライブ会場ではない。一国の首相としての重厚さに欠ける。
- 「自己顕示欲の表れ」自分が主役だと言わんばかりの態度。常にカメラを意識しているように見えて鼻につく。
- 「陛下のお言葉がないことへの不満」 首相が目立つ一方で陛下のお言葉がない構成は、主客転倒ではないか。
- 「保守の支持を失う」「伝統」や「礼節」を重んじるはずの保守層からすれば、最もやってはいけない崩し方。
- 「皇后雅子さまとの対比」 静かに見守られる両陛下と、ノリノリの首相。そのコントラストに違和感と恐怖を覚える。
- 「昭和の捉え方が軽い」昭和は苦難と復興の歴史でもある。軽快なポップスだけで片付けるのは歴史への敬意が足りない。
- 「側近のミス」 あのような演出を止められなかった、あるいは首相を制御できなかった周囲の責任も重い。
- 「政治利用の懸念」 自身の「昭和親父」キャラや親しみやすさをアピールするために式典を利用した感がある。
- 「右派の失望」「高市さんならもっと陛下を敬うはず」と信じていた熱狂的な支持者ほど、裏切られたショックが大きい。
多分50年前だったら、Bad が圧倒的だったと思うけど、きょう日はGoodも結構いるんよね。時代かなあ。
今や日本もこの程度になり下がったつうことかもねえ。
もっともこれこそが、人とは10人十色ということを如実に表しているともいえる。
同じものを見ても聞いても、感じ受け止め方がこうも違うのかと今更ながら感心するよね。
そして政治とは、それぞれの立場、考え方がある10人十色の人々を束ねてゆく作業でもあるんよね。だから高市さんも大変だと思う。
式典に「昭和歌謡メドレー」なんてまさしく陰謀じゃね?
さてわたしはこの式典の映像を垣間見て、ちょっとこの式典っておかしいじゃね?って思うこともあるんよ。
だってさ、オープニングで、自衛隊音楽隊による「昭和歌謡メドレー」でガンガンじゃ、バンドをやってた高市さんなら無意識に乗っちゃうんじゃね?
だからわたしゃ、腕振って乗りまくってる大写しの高市さんを見てぶっ飛んだのよ!
「ありゃ!高市さんがタコ市になっちゃった!」って。
それにこの式典、わざわざ天皇皇后両陛下にご出席いただいてるんですよね。
だったら陛下のお言葉があって当然だと思うけど、それが無かったと聞けば、う~~ん、なんか陰謀めいたものを感じてしまうよね。
天皇陛下のお言葉がなかったことへの違和感が、保守層を含めた各方面で議論の的となるのは当然だよ。
ではなぜ「天皇陛下のお言葉」がなかったのか?
陛下「お言葉」については、今回の式典は政府主催の「奉祝」行事であり、「昭和という時代(特に戦争関連)への政治的解釈に陛下を巻き込まない」という政治的配慮から、最初からプログラムに乗せなかったとかとってつけたような言い訳があるが苦しいよね。
お言葉はあらかじめ上手に仕込むんでしょ?何時もの事でしょ?
陛下の「お言葉」を飛ばしたことが結果として「高市首相の独壇場」のように見えてしまったことが、火に油を注ぐ形となった。
だからわたしの偏見かもしれないが、この式典をプロデュースした者の悪意を感じるのですよ。オープニングで「昭和歌謡メドレー」ってなんだ?
こういう式典、とくに両陛下がご出席される時には厳かさが絶対に欠かせないんですよ。
君が代でも流してから、陛下のお言葉をまずいただいて、そして高市首相に回せば良かったんだよ。わたしがプロデュースするんだったら多分そうする。
幾ら「昭和100年記念式典」だからって「昭和歌謡メドレー」なんてまさしく陰謀じゃね?
この場で高市さんをスベらせ、世論を誘導して高市総理の足を引っ張る悪意を感じる。
誰が何と言っても私はそう思う。
この式典のプロジュースした者の意図を推量するとこうなる。
1. 「陛下の沈黙」と「高市の躍動」という対比
この式典の最大の問題は、天皇陛下にお言葉をいただく場を作らなかったことだ。
陛下が静かにお座りになられている横で、首相だけが楽しそうにしている構図は、映像的に「不敬」に見えることが容易に想像できる。
もしプロデューサーが「高市氏を保守層から引き離したい」と考えていたなら、これほど効果的な演出はない。
高市さんはその罠にまんまと嵌って「陛下を差し置いて目立つ無作法な首相」というレッテルを見事に貼られた。
2. 選曲の「罠」
自衛隊音楽隊のスキルは超一流だが、選曲は主催者側(内閣府や実行委員会)の意向が強く反映される。
が、昭和の日の式典という厳粛な場で、あえてリズムの強いポップスやアニソンをなぜ多用したのか?
「高市氏が音楽好きで、乗せやすい」という性格を知った上で、あえて彼女が動きたくなるような曲を並べ、その反応をカメラに撮らせた。
3. カメラワークの不自然さ
多くの視聴者が「なぜそこを抜く?」と感じたのが、高市首相がリズムを取っているアップの多さだ。※この時の切り取り動画や悪態はX(旧ツイッター)で「昭和の日100年記念式典」で検索すると山ほど出てきます。
通常、陛下のいらっしゃる式典では、全体像や陛下の凛としたお姿を中心に映すのが通例なんだよ。
それを執拗に「ノリノリの首相」にフォーカスしたのは、何らかの意図を感じるよね。
もしこれが陰謀だとしたら、標的は明確だ。
当然保守層内での分断
高市首相の最大の支持基盤は右派・保守層だ。ここを怒らせる(陛下への不敬を印象付ける)ことは、彼女の政治生命にとって最大のダメージになる。
首相の器ではない」という印象操作
「公的な場を私物化して楽しんでいる」というイメージを植え付けることで、高市首相の軽いところを引き出し次期選挙や内閣支持率に影響を与えようとする勢力が内部にいる可能性がある。
だってこの式典を仕切ったのは内閣府や実行委員会なんだから、こいつらの中、あるいは後ろに首謀者がいるんだよね。
誰だ光秀は!?まさか、まさかその中に、岸田や石破、河野とかがいるんじゃないよね?
敵は自民党内にあり!つうことかもよ?
今日の一句

陰謀の式典矢面に立つ武者人形