3年ほど前、ラジオ深夜便、4:00の部「明日への言葉」で出演されたエッセイスト高田都耶子(高田華聖)さんが、亡き父親の高田好胤師の辻説法の録音テープを紹介した。
高田好胤師は1946年に龍谷大学仏教学科を卒業し、後に薬師寺の副住職を経て館主に就任した。
師の修学旅行の生徒達への法話は18年もの長きにわたり、ユーモアたっぷりで「青空法話」と呼ばれ人気があった。
師の法話を聞いた生徒は、一説には600万人以上にものぼるといわれている。
番組では録音テープで「輪廻転生について」お話しされていたが、わたしが知る高橋信次師との差は歴然だった。
が、むしろ高田師のほうが一般的で、受け入れられるであろう。
高田師の輪廻転生はとても唯物的である。
つまり目に見えるものだけが確かなのである。
わたしたちが残す子孫こそが輪廻の証ということだった。
またそれでは万民に届かないので、もし子供のいない人は縁ある後輩たちがそれに当たる。
例えは学校の教員だった場合、生徒たちが輪廻した者たちと言うことになる。
非常にわかりやすいのであるが、魂に触れないのであれば、僧侶っていったい何だろう?
お葬式や戒名っていったい何だろう?
あの世や魂の存在は証明できないので、だからない、と言うのであれば、仏事や戒名は単なる飯の種になり下がる。
この辺は、わたしが12年間研究し信望している、高橋信次師のそれとは大きくかけ離れている。
わたしは38歳から高橋信次師研究をしているが、師が述べる輪廻転生や魂の実相は、一般的な宗教者が云う輪廻転生とは次元が違う。
一口で言えば、わたしたちは、願いと後悔を抱いて生まれて来る永遠の旅人だと言う事である。
その目的と使命は、わたしたちが魂の進化成長を遂げ、この世に仏国土(ユートピア)を築かんがためと言われている。
信次師のすごさは、霊的現象を通して輪廻転生を証明して見せたことだ。
師の講演と現象の録音テープ、ビデオは今でも42巻現存している。
ちなみにこの現象は、聖書の使徒行伝第二章にも「一同は聖霊に満たされ、御霊が語らせるままに、いろいろの他国の言葉で語り出した」と簡単に記述されている。
師は輪廻転生の証明のために、なんと、前世の意識を呼び出し当時の言葉で語らせた。
当然それらは昔の言葉であり、しかも多くは外国語である。
その理由は、輪廻転生は何も、日本にだけ起こるわけではないからである。
そして現象の言葉は、外国の古い言葉なので聞いている者には全然理解できない。
つまり人は、何千何万転生もしていて、生まれて生活し人生を終えた国も時代も違う。
魂の中にはその時々に経験した意識がビデオテープのように記録されていると言うのである。
実験では、被験者の過去世が交代するたびに言葉が瞬時に変わった。
なので師は、守護霊に頼んでその言葉を日本語に通訳させた。
通訳をした守護霊も日本語は初めてと言う者が多くとても難儀していた。
発する言葉はとてもたどたどしかった。
「わ、わ、わたしは…い、いまから、に、に、二千年まえ、イ、イ、イスラエルに、う、う、まれた…」と言う具合である。が、現象実験を繰り返すなかでだんだん慣れ、次第にスムースな会話になった。
そしてわたしが知った魂の不可思議なことはその構成である。
魂は一つの個体がふわふわしいている訳ではないそうだ。
このことは世界中で誰も明らかにしたことはない。驚異的な事柄だった。
師によると、魂には本体が一つあり、分身が5人いると驚くべき説明をした。
こんなことを言うと、おそらく世界中の坊さんの顰蹙を買うだろう。
事実信次師も、高野山大学出身のえらい坊さんからおしかりを受けた、と講演会で語っている。
師がおっしゃる魂の構成には3通りある。(師は③と④を一つとしている)
このことは師のご著者「心眼を開く」のp128に詳しく記述してある。
- 男本体1,男分身5
- 女本体1,女分身5
- 男本体1、男分身2+女分身3
- 女本体1,女分身2+男分身3
となっている。
その理由は、宇宙はそのようにできているからだという。
全てのものは単独では存在せず、組み合わさって成り立っている。
宇宙の中心に神の意識ともいうべきもの(本体)があり、熱、光、電気、磁気、重力、のエネルギーがバランスしている。
そしていまわたしたちが認める三次元的宇宙は、神の心の現われだという。
なので神の子であるわたしたちの魂も本体と分身があり、その男女構成は、この世でバランスがとれるようにあらかじめ計画されているそうな。
また本体は他の分身がこの世で経験したもののすべて受け継いでいると言います。
輪廻転生はこの6つの魂のうちのどれかが生まれてきて、守護霊は魂の兄弟がやっているそうです。
だからよく、街の霊媒師が、あなたの守護霊は狐だとか、亡くなったおばあちゃんだとか言いますが、それは守護霊ではありません。背後霊、つまり地獄霊です。
そのようなものが後ろにいる場合、憑依されているということになります。
わたしが師の言葉を信じるのは、長年の研究の成果ばかりではありません。
輪廻転生を証明した数百人のうちの一人が、わたしの従姉妹だったからです。
そうでなければ、たとえ現象を見ても「やらせ」と捉えたに違いありません。
従姉妹は一万年くらい前から10転生ほどを語り、その当時の性別や名前、仕事等を簡単に語った。チベットに生まれた時代には、男性として肉体を持ち、中国の天台山に上り法華経を学んだと言い法華経をあげた。女性でありながら、当家の菩提寺の住職より遥かにうまかった。
ちなみに自分の過去世を知る状態になることを「心の窓が開く」あるいは「アラハン(阿羅漢)」になると言います。それは信次師の当時、悟りへの重要なステップとして説かれています。
これらは単なる霊能力の獲得ではなく、自らが正しい思念と行為を実践し、心の曇りが晴れた結果として訪れる境地だと言います。
実践とは簡単に言うと八正道を言います。
八正道 とは
- 正見=正しく見る。
- 正思=正しく思う。
- 正語=正しく語る。
- 正業=正しく仕事をする。
- 正命=正しく生活をする。
- 正精進=正しく精進する。
- 正念=正しく念ずる。
- 正定=正しく反省をする。の8つの道だ。
これらの「八正道」を自らの物差しとし、毎日生活することが実践である。
誰でもこんなことは普段正しくやっていると言いますが、しかしやってみると、これが実に難解なのですね。
だって、正しさの基準なんか、人それぞれで全く違っているからです。
一つの例ですが、例えば今度のイラン戦争です。
ある方はイランが核開発をするからイランが悪いと言い、ある人は、いきなり空爆やミサイルで攻撃するのは、国際法違反だからアメリカに非があると言います。いったい正しいのはどちらなのでしょうか?
人にはそれぞれ思い癖があり、その思い癖の命ずるままに行動してしまいます。瞬時且つ無自覚にです。
ゆえに八正道を行ずる前にまず、その思い癖を偏らない中道、つまり善意なる第三者の心に変換しなくてななりません。絶対的な正しさの基準を確立しなければ、一生懸命八正道を実践したとしても、それは実践したつもりであって何の意味もないでしょう。
この思い癖を分類し体系化して、それを乗り越える方法を教えているのが、信次師がご帰天された後GLAを引き継がれた高橋佳子師の「魂の学」です。
さてでは、 アラハン(阿羅漢)の境地になると、わたしたちは一体どのようになるのでしょうか?
まず、アラハンとは、サンスクリット語の「アルハット」からきており、信次師の定義では「人間としての完成に近い境地」を指します。
内面的な変化においては
- 不退転の心が形成されます。 周囲の環境や他人の言動に左右されない、不動心が確立されます。
- 慈悲の心が生まれます。 自他一体の境地となり、見返りを求めない普遍的な愛(慈悲)が湧出します。
- 過去生の自覚ができるようになります。自分が何のために生まれてきたのか、過去世での目的や使命をはっきりと思い出すことができます。
現象的な変化は
- 霊界通信の確立。 自らの守護霊や指導霊との対話が可能になり、正しい導きを直接受けられるようになります。
- 五眼の開眼。肉眼で見える世界だけでなく、霊的なエネルギーや真実を見抜く力が備わります。
- 調和の源泉。 その人がいるだけで周囲に安らぎを与え、環境を浄化する影響力を持つようになります。
しかしそのような力を持っても、何時も心の持ち方を中道に保ち続けないと危険だと言います。
アラハンとは「心の窓」が開いている状態なので、霊力を使えると同時に魔も入りやすくなってしまうからです。
ゆえにアラハンの境地になったら常に己の心を磨いておかねばなりません。
まあ普通の人が幾ら修業を積んだところでアラハンになることは先ずないでしょう。
八正道を極めることはそれほど難しいと言うことになります。
言うまでもないことですが、わたしたちが輪廻転生している最大の目的は、カルマを滅し豊かな心を育んで、この世にユートピアを建設するが為であり、何もアラハンになることが目標では決してないことを付け加えておきます。
わたしの素人考えですが、信次先生の時にアラハンが数百人も輩出したのは、おそらくは、輪廻転生を証明するためであり、信次師がこの世に出なかったらまず一人も出なかったことでしょう。つまりアラハンの境地は、如来の降臨とともに、その作用として現れる化学反応のようなものではないかと想像します。
そうそう従姉妹は「心の窓」が開かれましたが、八正道を極めたからではありません。
信次師の霊力によって開かれてしまった、と何時だったかわたしに話したことがあります。
それは師が輪廻転生を証明するために従姉妹は生を享けた、と言うことでした。
しかしながら彼女は、亡くなるまでアラハンの境地を維持していたことを思うと、本当に立派な人生だっと思います。
今日の一句

笑み浮かべし遺影哀しやれんげ草