「裸で砂場に埋められ」大島美幸、壮絶ないじめ。27歳で加害者に言われた「絶望のひと言」と消えぬ傷2/27(金) 6:30配信 CHANTO WEB
「いじめなのか遊びなのかわからない」と思いながら、徐々にエスカレートしていった嫌がらせ。森三中・大島美幸さんは、今でこそひとり息子の母として穏やかに暮らしていますが、その心の奥底には、今も消えない「砂場の記憶」が刻まれています。(以下略)
加害者側の苛め話をほとんど聞かない理由
記事によると、大島さんは、小中学校時代は壮絶ないじめを受けたようね。
全裸で土に埋められるとか、陰惨かつ壮絶なものだったとか!
で、中学時代、意を決していじめっ子に「いじめる理由」を聞いたところ「お前が泣くとおもしろいから」と返されたとか。
それがきっかけで「自分が泣くとおもしろい→自分が笑わせている」と心の持ち様が変わりいじめを受け入れた。
その後、当時のいじめっ子から、吉本総合芸能学院(NSC)入学を勧められ、芸人を目指し、現在に至っていると言うから
彼女の場合、いじめを受けたことが、その後の人生を変えたかもしれないね。
まあ、それで成功して良かったよ。
ましてそれを勧めたのが、当時のいじめっ子だったと言うから、驚き桃の木山椒の木だよ。
これこそ天の定め、神の恩寵と言うべきか?
つまりあの試練あったからこそ大島さんの人生が開かれた…考えように寄ったら。
けど、正味な話、大島さんの様な体験が「今に見ていろ!見返してやる!」
の、試練をばねにして、その後の人生を頑張れた人は多いと思う。
いじめを受けた人のこのような体験談が語られることは多いのだけれど
翻って、いじめの加害者側のコメントと言うか告白ってほぼ無いよね?
なんでだろ?
わたしは単純に、告白して謝罪すれば?なんて思ってしまいますが、事はそんなに単純ではないようです。
いじめの体験談で「加害者側の告白」が圧倒的に少ないのは、
やはり、心理的にキツイからだろな。社会的な制裁に恐れを抱くんだろな。
特に現代は一寸のいじめが命取りになる。
また、過去に、 自分のしてきたことを直視したくない 心理も働くかもね。
いじめ加害の体験は、後年になって「罪悪感」「自己嫌悪」など伴いやすいとも聞くよね。
戦争体験などもそうかもしれない。思い出すこと自体がつらくなる。
わたしはそれは、誰の中にも、善我、さらに言えば真我を内包しているからだと思う。
真我は神ともつながっている愛そのものに他ならない。
わたしはキリスト教徒ではないが、人はというより、この地球上に生とし生けるものすべからず神の子だと信じている。どのような魂も個性豊かな掛け替えのない尊厳をたたえている。
は、さておき今日は、わたしも数十年前に戻って、いじめにあったか、あるいはしたかについて探ってみよう。
ふ~~む。大島さんのようなことは、されたこともしたこともないやね。幸いに。
どう振り返っても一切ない。
当時はなぜか、大島さんをいじめたような陰湿な与太は皆無だった。良く聞く、手下に万引きをやらせるような下衆もいない。たんにちょっとオイタすぎるきらいがあった程度だ。
たとえば畑の隅で焚火をして、よそ様の人参小屋を燃やしてしまったとか。
わたしのいじめ体験はと言えば、ただ、一時期、その中途半端な与太だったKを徹底無視して懲らしめたことはある。
その理由は、Kがこともあろうに、か弱いわたしの隣に座ったことから始まった。わたしにとって最大の不幸だった。ん?、与太にとっても不幸だったかも?
その札付きが給食の時間になると、必ず自分のパンとわたしのと比べて有無を言わさず取り換えた。わたしはそれが不潔で、実に不愉快だった。
けれど情けないことに、か弱いわたしはそれが嫌でも文句ひとつ言えなかったんよ。
そんなおり、休み時間にふざけ合って取っ組み合いをした時、勝ち誇ったかのように叫び、わたしに馬乗りになって首を絞めた。
言っておくがKは、ドラえもんのジャイアンみたいなタイプだ。わたしはのび太かも知れない。
そのジャイアンが相当きつく首を絞めたんよ。意識を失いかけた時(自分でそう感じた)やっと手を離した。それ以来kが徹底的に嫌いになった。
あっ、そうそう、思い出した。そのまえにもっと低学年だった時に、村の相撲大会があって、近所の連中と猛稽古したわたしを、いとも簡単に吊りだしたのがkだった。彼への感情が尋常ではなくなったのはこの時からだったかも知れない。
兎にも角にもKに一泡吹かせたい。ザマ―見ろと言いたい。まあ弱者の怨念ともいえる。
で、親友と語らって彼を一切無視することにしたんだよ。まあ、これも、考えようによってはいじめかもしれない。逆差別かもしれないけど、親友もこいつは快く思っていなかったようで、すぐ話に乗った。
聞いてみるとなんでも、秋口に空いた田んぼで野球をしたんだと。
そのときにKが「俺も入れろ!」と割り込んできて、皮を剥いで、てかてかに光るバットを持ってきた。
そのバットがものすごい災厄をはらんでいた。
そのバットは実は漆の木だったと言うのよ。皮を剥いだから漆の汁がべとべとだったんだと。
想像してみんしゃい!てかてかバットを握って野球をする。汗をかく。その手で顔をこする。その手でおしっこをする。ああ、おぞましい。恐ろしいことです!
予想通り、野球をしてたもの全員、体中がかぶれて悲惨なことになった。
顔からちんちんまでかぶれて、1週間も医者通いしたと憤慨してた。
わたしたちが無視をし始めてから、しばらくしてKが不登校になった。
わたしたちはあのガキ大将がそれくらいで不登校!とは、とても信じられませんでしたよ。
ある日担任がわたしと親友を呼びつけた。
無視作戦が咎められるかと思ったが、担任がKについて意外なことを口にしたのよ。
なんでもKは近所の娘のおっぱいを触ったらしい。娘の親が学校に訴えた。
それは学校では秘密だったが、このことをKは、わたし達が知って無視していると勘違いしてたらしい。
Kはあっちの方も相当早稲だったらしく、お盛んだったのね。
そんな彼だったが何時しか真面目になって自衛隊に入った。
何時だったか正月にあった時「通信隊だから楽だよ」と笑って話した。
昔のことはだれも話の端にも出さなかったが、わたしは密かに、おっぱい事件を思い出していた。「大丈夫かね?こういうヤツが自衛隊で…」
その時が彼と会った最後だった。
15年ほど前クラス会の時、Kが大分前に亡くなったと聞いた。
だから「あの時シカトとしてごめんね」とはもう言えない。
今日の一句

梅満開ガキ大将の噂絶ゆ